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2007年10月

2007年10月31日 (水)

秋のバラ (3)

10月28日、旧古河庭園にて

Ho28x021  Ho28x026  Ho28x034  Ho28x042  Ho28x049  Ho28x056

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2007年10月29日 (月)

秋のバラ (2)

10月28日、滝野川の旧古河庭園にて

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2007年10月28日 (日)

秋のバラ (1)

前日の台風20号の風雨にもめげず、滝野川の旧古河庭園では秋のバラが綺麗に咲いていました。

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2007年10月27日 (土)

「私の小さな旅」に追加

私のホームページに「神保町・皇居東御苑サイクリング」を追加しました。

こちらからご覧ください。

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2007年10月26日 (金)

ACL 浦和レッズ対城南一和

昨日早朝、ビデオ録画しておいたアジア・チャンピオンズ・リーグ準決勝、浦和レッズ対城南一和をテレビ観戦した。前週のアウェーの試合は2-2で引き分けていたので、ホームの試合は有利に運べるだろう、と思いつつ見ていたのだが、城南は強かった。アウェーでの試合同様、後半の後半はスタミナで上回る城南に押されっ放し。2-2のまま良く粘って延長戦を持ちこたえ、PK戦での勝利となった。ホームでもスタミナ負けするなんて、韓国のチームは体力あるよなー。

決勝は準決勝で川崎フロンターレを(確かPK戦で)破ったイランのセパハン。川崎の方が分があった相手だし、期待したい。しかし、イランのチームとホーム&アウェーの対戦をするのって、選手は大変だろうと思う。

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2007年10月25日 (木)

ジャンボ機

10月21日、江東区青海埠頭にて羽田に着陸するジェット機を撮影。

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ジャンボ機は全長七十数メートル。それを考えると補助翼(フラップ)の巨大さに驚嘆してしまう。

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2007年10月22日 (月)

縄文住居は樹皮葺きか

今日の日経夕刊の「あすへの話題」コラムは、先週に引き続き縄文住居を覆っていたのは果たして茅だったのか、という話題。筆者の建築家藤森照信さんは先週、復元住居に見られる茅を刈る鎌がその時代にはなかったから、縄文住居を覆っていたのは茅ではなかったのではないか、との問題提起をなさっていた。

今日のコラムでは「板葺き」と「樹皮葺き」の可能性を検討し、当時の石器で可能だったのは樹皮ではないか、と推測している。

遺跡に積もっている物質の分析から、覆いの成分を特定できたらいいのに。植物繊維はそんな何千年も形跡を留めないのだろうか。

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2007年10月21日 (日)

10月21日の夕空

Ho21x056 お台場海浜公園にて

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2007年10月20日 (土)

10月20日の夕空

豊洲埠頭にて撮影

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今日は神保町へ読書会用の本を買いに行ったついでに皇居東御苑に寄り、秋の花を撮影する事ができた。蕎麦の花を撮れたのが嬉しかった。

サイクリングの走り始めは少し寒く感じ、走っていると少し汗ばむ程度、と絶好の天候だった。秋晴れの空に巻雲がたくさん浮いていて賑やかだった。

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2007年10月18日 (木)

二人のコピーライター

今日の日経夕刊に掲載されたドイツ文学者池内紀さんの「二人のコピーライター」と題されたコラムは、自由律の俳人、尾崎放哉と種田山頭火の作品を、コピーとして名作ずくめ、と言って何句か紹介していた。こういう切り口で紹介されたのを読んだのは初めてである。今まで馴染めなかった自由律の俳句に初めて魅力を感じた。

最後に書かれている「物量のあふれ返る現代が真に求めているのは、もしかすると身ひとつ無一文の生き方ではなかろうか。」との一文がずしんと響いた。

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指揮の潮流

今日の日経夕刊、文化面の「指揮の潮流」というコラムはトスカニーニを紹介する回。前回のフルトヴェングラーの紹介は全般的に「面白かったー」と感じたのに比べ、今回は「えぇー、そうだったの?」と目を見張らせられる記事だった。曰く、トスカニーニはメンデルスゾーンの流れを汲む客観主義の指揮法であり、書かれたとおり(作曲されたとおり)に演奏することを先ず重視していた。この音楽観は多くの支持者を生み出し、その後の指揮界の主流となった、と。

フルトヴェングラーの演奏は高く評価されたのだが、あまりにも個性的なために後継者が出なかったそうだ。

実は私はこの二人の(レコードで聞いた)演奏に惹かれた覚えがなく、只ただ伝説上の話として畏れ入ってこの記事を読んだのである。そうか、音楽評論の世界では、そんな分析の仕方をするんだ、と感心した。これまでの私には「好きな指揮者」と「好きになれない指揮者」しかいなかったのだが、演奏家養成業界とか音楽批評業界では、こういう分け方がされていたのだ、知らなかったなー、なんて思った。

今はほとんどオーディオのスイッチを入れなくなった私だが、以前はずいぶん音楽を聴いていた。そんな頃に好きだったブルーノ・ワルターのことを、この記事は「いまとなっては折衷的な保守指揮者」と書いている。これにはガックリきた。

それにしても、次々に列挙される指揮者の名前を見ていると、35~45年前のクラシック音楽業界を俯瞰しているような、懐かしさを感じる記事だった。

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u-22 カタール対日本

録画したテレビ中継を、前半は出勤前、後半は帰宅後テレビ観戦した。結果は後半ロスタイムにPKを取られ、1-2で逆転負け。やっぱ本気の勝負では中東のチームは侮れませんなー。後半の前半までは1-0でリードしていたし、作るチャンスの数でも圧倒していたのに、後半の後半は相手の出足が明らかに勝っていたように見えた。実際の試合時間で言うと数時間前に日本で行われた日本対エジプトのゲームのようには行かなかったかー。

さてこれで勝ち点ではカタールと日本が並んでしまった。一位だけが得られる北京オリンピック出場権、果たして獲得できるのだろうか。風雲急を告げてきた。

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2007年10月17日 (水)

日本対エジプト

エジプト代表の主力が所属チームの都合で来日できない、と新聞で読んでいたので、楽に勝つのかな、と思っていたゲームである。しかし試合開始からの10分くらいの間、テレビを見ていて「これは手強い」という印象を受けた。ディフェンスのプレッシャーを受けながらもパスを繋ぐのが巧みで、かなり攻め込まれた。しかし日本代表の動きも良く、反撃するとかなり際どいところまで攻めることができた。やはりサッカーの試合はこのくらい涼しくなってからするものなのだろう、双方が激しく攻め合う面白いサッカーだった。

最初と次に得点したのは久しぶりに代表入りした大久保。常にアグレッシブにゴールを狙い続け、そのうえ結果を出した。(後半は失速気味)

最終的には4-1と快勝した。奇しくも予想したような点差の試合となったが、相手は弱くなかったような気がする。大久保様々、と言えるような得点で威勢付いたのか、その後の2点もスピードに乗ったファインゴールだった。これはやはり相手の最終ラインの圧力が弱かった、ということなのかもしれないが。

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2007年10月15日 (月)

今夜の「家族に乾杯」

今夜の「鶴瓶の家族に乾杯」は水泳の鈴木大地をゲストに、能登半島の輪島が舞台だった。テレビ画面に映し出される輪島の町並みや人々の人懐っこいお年寄り達を拝見し、学生時代の旅行で大変な親切を施されたうん十年前のことを思い出した。

「ここいら辺でどこか泊まれる場所ありませんか?」と訪ねた私共坊や二人に、そのおばさんはちょっと考えた後、「うちにおいで」と言ってくれたのである。初めて赤の他人の家に泊めてもらい、内心おっかなびっくりもしたのを憶えている。しかし、晩、朝と実に美味しい食事をさせて頂いたうえ、どうしても一銭も受け取って頂けなかったのである。

バスで旅した能登半島の日本海側の美しさの思い出とともに、あの時の素晴しい経験が脳裏に甦った。そう言えば、能登震災の募金に貢献しようとしていたのに献金しそこなっていた事も思い出した。こうなったら、また輪島を訪れてあの雰囲気に浸り、土地の誰かに「昔はこんなことで世話になったのです。」などと話をしてみたいものである。

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2007年10月14日 (日)

秋のバラ

秋のバラが咲いている頃だと思い近所の公園に行ってみましたが、あまり形の良いバラは見つかりませんでした。

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2007年10月12日 (金)

追想録

今日の夕刊の「追想録」コラムは9月に84歳で亡くなったパントマイム俳優・マルセル・マルソーさんを偲んでいた。

生前の演技を何度かテレビで見たことがあると思う。でも興味が湧かなかった。この追想録を読んで面白さが分かったわけではないが、手短に紹介された彼の人生とパントマイムの関わりは興味深かったし、パントマイムが何を目指しているのか、が分かるような記事だった。対ドイツ占領軍のレジスタンス活動の中で、「音を立てられない野営地で、身ぶり手ぶりで意思疎通したのがパントマイムだった」という。

日本贔屓で、能や歌舞伎、「七人の侍」などからも動きを研究して取り入れていたという。

これを読んだ今、今後彼の演技を目にし「分かる」機会はあるのだろうか、と嘆息するしかなかった。

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2007年10月10日 (水)

鉄道二題

今日の日経夕刊の16面には鉄道関連の記事が二つ掲載されており、どちらも楽しく読んだ。

まず面白くも懐かしかったのは、紀行写真家・南正時さんの「懐かしの風景」。去年惜しまれながら閉館となった万世橋の交通博物館が、この14日にさいたま市の「鉄道博物館」としてリニューアル・オープンするという。自分が子供だった時、それに自分の子供を連れて行った時、と二世代にわたりお世話になったあの博物館の楽しさを思い出した。毎回目を見張らされたあの鉄道模型のジオラマが、一段と規模を増して楽しませてくれるそうだ。行ってみたくなったが、さいたまではちょっと遠いなあ。

もう一つの記事は「世界途中下車」。今回はケニアのナイロビとモンバサを結ぶ急行列車の話で、名無しの列車だったこの急行に筆者のフォトジャーナリスト・櫻井寛さんは「サバンナ・エクスプレス」という呼び名を与えて悦に入っていたのだが、後日、筆者の意に沿わない呼び名が付けられてがっかりした、とのエピソードが笑わせてくれた。今では冷房されているこの列車の一等寝台車、以前は冷房がなく、しかも、暑くても窓を開けられなくて閉口したそうだ。何しろ窓を開けておいたら、マラリア蚊は言うに及ばず、猛獣でさえ侵入してくる恐れがあったのだから。窓を開けて寝ていた西洋人がライオンに食い殺された事があるのだという。まさに、くわばらくわばら、である。

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2007年10月 8日 (月)

向島百花園

昨日行なった向島百花園へのサイクリングで撮った写真をアルバムにしました。お時間があったらご覧ください。ブログの左下のほうに入り口があります。

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2007年10月 7日 (日)

本日の日記

本格的に涼しくなってきたので、夏の間控えていた(自分としては長距離の)サイクリングを挙行、向島百花園まで走り秋の花を撮ってきた。走り出しは寒いくらいに感じても、しばらく走ると汗をかく。それでもきつく感じることなく帰ってこられた。これで今後も走れる目途がついた。次は秋のバラかな。

諸事情により時間を作れず、デジカメの写真はまだPCに移していません。

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2007年10月 6日 (土)

今日の夕景

歯科での治療を終え外に出ると、もう陽が落ちていた。雲のない夕空は寂しく暮れていった。豊洲と晴海に架かる春海橋にて撮影。

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2007年10月 5日 (金)

アシックスの社名の由来

今日の夕刊の「追想録」では、アシックス創業者鬼塚喜八郎さんを偲び、生前のエピソードが紹介されていた。「私欲なく、仕事にかける情熱」を前にすれば只ただ眩しいばかりの思いである。

しかしながら、アシックスという社名は「アニマ・サーナ・イン・コルポレ・サーノ」の頭文字を取ったものだとは知らなかった。健全なる精神は健全なる身体に宿る、という有名な格言である。

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がんばれ、「かぐや」

今日の夕刊の社会面に、日本初の本格的な月探査衛星「かぐや」が月周回軌道に、無事投入された、と報道されていた。この探査衛星の月での主な任務は地味な科学観測であるが、私は搭載されているハイビジョンカメラによる「月から見た地球」の映像に期待している。ボイジャーやカッシーニから送られてくる外惑星の映像も凄いが、きっと地球はもっともっと美しく見えると思う。

地球から月に向かう「かぐや」が9月29日に撮影した地球の映像はこちらで見ることができる。

なお、私はそのカメラで月面を写し続けて得られる動画も見たいと思っているのだが、その予定はあるのだろうか。このプロジェクトに噛んでいるNHKにでも聞けば教えてもらえるのかな。

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東京オリンピック

今日の夕刊のコラム「あすへの話題」は東大教授吉川洋さんが担当。お父さんにもらった切符で、学校を早退し、開会式を見ていらしたとのこと。随分恵まれていたんだなあ。

実は私もその日のことを良く憶えている。その日、実家の近所の、下町にしてはやや広めの公園の西の空に、自衛隊のブルーインパルスが描いた五輪のマークが浮かんでいたのだ。恐らく開会式の行われた国立競技場の上空に、5機のジェット機がお揃いの旋回をして描いた五つの輪であった。会場から見れば頭上に見えたであろう五輪は、数キロ離れた下町から見るとかなり寝ていた、と言うか、傾いて見えた。ブルーインパルスがこれを行うことは知っていたので、空に浮かぶ五輪を見た時には、すぐにそれと分かった。それは予想以上にくっきりと見え、予想以上に綺麗な輪だったように記憶している。

それはそうと、筆者の吉川教授はどうも私と同じお歳のようである。

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2007年10月 4日 (木)

巾着田再訪

数年ぶりに飯能に近い巾着田を訪れた。最盛期を少し過ぎた感じの咲き具合で、まだまだ充分見応えがあった。でもヒガンバナを群生させている地域をず~っと歩いても、ある意味では景色は全然変らない。折からの強い日差しで汗まみれとなったこともあり、早々に退散した。

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2007年10月 3日 (水)

昨晩の爆笑学問

昨晩見たのに、今晩も家族が見たビデオを一緒に見て、もう一回楽しんでしまった。今回爆笑問題が訪ねたのは青学の分子生物学の先生。以下、強く印象に残った点。

・生物を構成している物質を試験管に入れて刺激を与えても生物を造ることはできない。

・生物は食べ物の半分をエネルギーとして使い、半分くらいは自分の身体の代謝にあてる。一年前の自分と今の自分では、自身を構成している物質は入れ替わってしまっていると考えてよい。(ああそれなのに、何で一年前と同じようなことで悩み続けているのだろう・・・・)

・生物はエントロピーの増大という自然原則を克服する手段として、自らの細胞をあらかじめ壊し更新していく。

・自然界の無生物を構成する分子も生物の分子も同じ分子であり、地球内を循環している分子が一時的に自分に宿っているに過ぎない。

以上。もう眠くってダメだ。福岡先生、私が間違った要約をしていたらご免なさい。

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2007年10月 2日 (火)

大竹伸朗画伯のコラム

画家大竹伸朗さんの夕刊のコラム「プロムナード」の今日の題は「毎日」。自身の個展のため、展覧会タイトルと組み合わせる宣伝文句を考えて欲しいと頼まれて、結論を出すに至るまで試行錯誤的にぽんぽんとアイデアを出した、その過程の紹介に大いに笑わされた。近来稀に見る楽しさだった。筆者が一番言いたかったのは、出た結論に付いてだと思うのだが、お笑いの部分が完璧に全体の印象を支配していると言ってよいだろう。

何回か大竹さんのこのコラムを読んで、どういう人なのか会ってみたくなった。もちろんそんな機会は得られないだろうから、どんな人なのかウェブで調べてみることにする。もちろんどんな絵を描く人なのかも知りたくなった。

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ジュビロ磐田の強かったこと

昨日、今日、明日と夕刊の「駆ける魂」のコラムで藤田俊哉選手の事が紹介されている。阿刀田記者による連載。藤田と言えば相手にとって「嫌だー」「危ないー」という場面に、なぜか必ずや出てきて得点してしまう選手(だった?)、という印象が強い。そこの「なぜか」の部分をこの連載は丁寧に解き明かしてくれているように感じる。面白い。

今日の夕刊で特に面白かったのは、ジュビロの全盛期の強さを上手く説明してもらった点だ。「好き放題ボールを回し、ライバルたちを完膚なきまでやっつけた。」というのは少し大袈裟かと思うものの、他の部分で分かり易く説明されていたと思う。

それにしても当時のジュビロはホントに強かったなー。ここぞという時の華麗なパス回し。セットプレーじゃないのに、詰め将棋のようにびしっ、びしっと組み立てて点を取るチームって、今はなかなか見られないんじゃないかなー。

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2007年10月 1日 (月)

万葉集

今日の夕刊のコラム「プロムナード」は富岡多恵子さんの「万葉集」と題された文章。有名な短歌の読みを巡ってあれこれ書いてあり、ちょっと面白かった。一番印象的だった、と言うか意外に感じたのは、万葉仮名の読み方に幾つかの説があって、学校で習った読み方が絶対であるわけではない、と知ったことである。いや~、知らなかったなー。ためになりました。

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