無料ブログはココログ
フォト
2020年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

« u-22 カタール対日本 | トップページ | 二人のコピーライター »

2007年10月18日 (木)

指揮の潮流

今日の日経夕刊、文化面の「指揮の潮流」というコラムはトスカニーニを紹介する回。前回のフルトヴェングラーの紹介は全般的に「面白かったー」と感じたのに比べ、今回は「えぇー、そうだったの?」と目を見張らせられる記事だった。曰く、トスカニーニはメンデルスゾーンの流れを汲む客観主義の指揮法であり、書かれたとおり(作曲されたとおり)に演奏することを先ず重視していた。この音楽観は多くの支持者を生み出し、その後の指揮界の主流となった、と。

フルトヴェングラーの演奏は高く評価されたのだが、あまりにも個性的なために後継者が出なかったそうだ。

実は私はこの二人の(レコードで聞いた)演奏に惹かれた覚えがなく、只ただ伝説上の話として畏れ入ってこの記事を読んだのである。そうか、音楽評論の世界では、そんな分析の仕方をするんだ、と感心した。これまでの私には「好きな指揮者」と「好きになれない指揮者」しかいなかったのだが、演奏家養成業界とか音楽批評業界では、こういう分け方がされていたのだ、知らなかったなー、なんて思った。

今はほとんどオーディオのスイッチを入れなくなった私だが、以前はずいぶん音楽を聴いていた。そんな頃に好きだったブルーノ・ワルターのことを、この記事は「いまとなっては折衷的な保守指揮者」と書いている。これにはガックリきた。

それにしても、次々に列挙される指揮者の名前を見ていると、35~45年前のクラシック音楽業界を俯瞰しているような、懐かしさを感じる記事だった。

« u-22 カタール対日本 | トップページ | 二人のコピーライター »

文化・芸術」カテゴリの記事

日経watching」カテゴリの記事