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2008年4月

2008年4月29日 (火)

甲子園への遺言

門田隆将著 講談社

数々の感動を与えてくれたNHKのドラマ「フルスイング」の原作として紹介されたので読んだ。しかしドラマに登場する逸話は本の中のほんの一部であり、大部分はプロ野球の名コーチとしての故高畠導宏の活躍が描かれていた。プロ野球から高校教師に転じた部分を扱ったテレビドラマは新たに取材し直したストーリーだったのだろうか。それともフィクション?

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2008年4月27日 (日)

フジが見頃に

江東区清澄公園にて (コンパクトデジカメで撮影)

フジを見ると足利フラワーパークの大藤を見に行きたくなって困る。

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2008年4月19日 (土)

民主主義という不思議な仕組み

佐々木毅著 ちくまプリマー新書

読書会の課題本として読んだ。

一つひとつの文章は平易で読み易いのだが、文から次の文へどんどん著者の論点が移っていくので、読み進むのは意外に辛かった。次の文を読んでいて前の文で何が言われていたのかを忘れてしまうからである。しかたがないので何回も前の文章を読み直しながら進まざるを得なかった。

「若い人のための政治入門」という副題が付けられているのは確かにその通りなのだろう。特に強い主張が伝わってくるわけではないが、読みにくいと感じた割りに早く読み終えることができた。読み終わって「苦労したけど、もう読み終わっちゃった。」という感じ。

それにしても著者の一番言いたかった事の一つだろう、民主主義は選ぶ側の責任も重いのだ、という事実に今更ながら厳粛な気持ちにさせられた。と同時に選挙時にあるべきオプションを提示されていないのではないか、という不安・不満も感じざるを得なかった。

またしても「それにしても」の繰り返しであるが、選挙というのは政党間で掲げられるマニフェストを良く理解し、どの候補者の主張が正しいのかを選挙人は良く吟味しなければならないのだと思う。でも現実にはそこまで吟味して投票していないのが情けない。

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2008年4月15日 (火)

「くわんくわん」

「あら厭だよー。この子ったら口の周り、くわんくわんにして!」とお袋がよく口にしていたこの言い方を久しぶりに思い出した。今日の日経夕刊のコラム、「プロムナード」で紹介されていたからである。筆者の林望さんはこの言葉を名だたる辞書で調べまくったが、出ていないので少し心配になったと言う。「どうして辞書に載っていないと心配になるの? 辞書はそういう類の言葉まで載せなきゃいけないの?」と少々カチンとくる面があったが、昔懐かしの言い方に再会できて、ちょっと嬉しかった。

この言い方、私にとっては「聞けば理解できる」言い方ではあるが、使用言語ではなくなっている。この類の懐かしくも消え行く言葉を追い求めたら結構楽しそうだし、そういう言葉を集めた本があったら面白そうだ。例えば「あんぽんたん」とか。(うっかりすると知らずに差別用語を使ったりしてしまうので調べてみたら、これは江戸時代から使われている俗語だそうだ。)

さて、私が生まれ育った家族の中では「おろした大根」を「ダイコロシ」と言っていたように記憶している。今では「大根おろし」がなまったもの、と理解しているが、余所の家でもこういう言い方をしていたのだろうか。それとも超ローカルな、家族内だけの言い方だったのだろうか。

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2008年4月13日 (日)

退場制度に物申す

昨日の川崎対柏の試合では柏側に前半早々退場者が出て、テレビ桟敷で中継を楽しみにしていた身としては早々に興味が半減し、退屈なテレビ観戦となってしまった。そりゃールールどおりに笛を吹けば二度目のイエローカードが出れば、レッドカード相当ということで退場させざるを得ないのだろう。私が言いたいのは「そういう四角四面に規則どおりに笛を吹くなよ」という類の異論ではない。退場はさせてもいいから、試合全体の興味を半減させるような今の制度を何とかしてくれよ、と言いたいのである。プロサッカーはプロ野球と異なり、毎晩のように試合があるスポーツではないのである。試合のある日を楽しみに待って中継を見たり、スタジアムに行くファンをもっと大切にして欲しいのである。

アイスホッケーやハンドボールのように「一定時間の退場」というものを導入できないのだろうか。例えば30分退場とかである。(5分や10分では軽すぎると思う) これなら、退場の瞬間からテレビのチャンネルを替えてしまう気持ちが起きないだろう。

或いは、レッドカードが出されたらその相手チームに一点を与えてしまうルールにしたらどうか。その際、カードを出された選手がそのままプレーするのはおかしいから、強制的交代はあっても良い。一点というのは重過ぎると思う向きがあるかもしれないが、長時間人数の異なるチーム間の変則マッチを見せられるよりは余程納得がいく。

それが駄目なら、相手チームにペナルティーキックを与えるのでも良い。この際も強制的交代がセットだ。(いずれの際も、勿論次試合は出場停止)

私はあの騒音に満ちた競技場に足を運ぶファンではないが、レッドカードが出されると思わず「金返せー!」と叫びたくなるほど、サッカーの中継を楽しみにしているファンの一人である。Jリーグにはかつて「Vゴール」なるローカルルールを取り入れたという歴史的先進性がある。レッドカードの取り扱いについても、もっと興行性に着目したローカルルール導入を検討しても良いのではないか。

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2008年4月 9日 (水)

日本の農業への提言

今日の日経夕刊一面のコラム「明日への話題」は、「日本の農業への提言」と題された立松和平さんの文章だった。カロリーベースでの日本の農業の自給率が40%を切っている現状を憂え、農業にありったけの力をふるえるようにすべき時代が来たのだ、と訴える弁舌に、先週までのコラムからは感じられなかった熱い想いが感じられ、ふつふつと迫ってくる説得力があった。食糧事情が逼迫し金があっても食料を思うように買えない時代なのに、それに日本の経済力も落ちてきているのに、減反など続けている場合じゃないだろう、と言われると「そりゃーそうだよなー」と思わずには居られなかった。

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2008年4月 6日 (日)

4/6 北の丸公園~千鳥ヶ淵

東京のソメイヨシノは最盛期を過ぎたが、今日はその名残を求めて北の丸公園と千鳥ヶ淵を回ってきた。もう人出も収まってるだろうと高を括って行ったのだが、どっこい、千鳥ヶ淵は大変な人波だった。

先ずは北の丸公園側から撮った3枚。

I406o053  I406o061  I406o067

次の2枚は靖国神社側から撮っている。

I406o084  I406o087

I406o092  最後は人波に埋まる千鳥ヶ淵の遊歩道からの1枚。

さてこれで東京のソメイヨシノのシーズンは終った。来週末は次に控えるハナカイドウや八重桜の撮影を楽しめたら、と願う。

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2008年4月 5日 (土)

4/5 お台場の大桜

例年だとこの時期、ソメイヨシノを追い掛けるのに精一杯で、お台場に植えられている大きな山桜が咲いたらどんなだろう、と思いながらも見損ない続けていた。この山桜の事を今年は忘れなかったので、今日サイクリングして写真を撮ってきた。花が白いので、できれば青空バックに撮りたかったのだが、花曇り気味の空の下での撮影となった。

I405x010  背景には羽田に降りるジェット機も入った。

I405x019 I405x025  山桜は葉も出るので単色から救ってくれる。

I405x029  レインボーブリッジを背景に入れてみる。

I405x030  山桜のアップを一枚

I405x033  お台場の内側から見上げるアングルで逆光写真。

以下はオマケ。お台場からの眺めを二枚。

I405x036  I405x038

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2008年4月 2日 (水)

持ち物検査

ふと思い出したのだが、小学校の頃毎朝のように持ち物検査が行われていた。持ってきてはいけない物を探し出すためではなく、持って来るべき物をちゃんと持って来ているかどうかを調べる検査だった。その検査項目をろくに思い出せないのであるが、「ハンケチ」「鼻紙」が小学生の必須携帯品目として挙げられていたことは良く憶えている。

「ハンカチ」に関しては今でも合点がいく。手拭として必須であろうし、持っていれば何かと便利である。しかし、なぜあれほど「鼻紙」にうるさかったのだろうか。今でも通勤カバンにはポケットティシューを忍ばせている私ではあるが、その必要に迫られる事は、風邪でもひいていなければさほどあることではない。チェックされるから毎日ポケットに入れて通学していたけれども、たいがいは使われず紙が劣化してしまったものだ。今晩はそんな「なぜ?」にひと時考え込んでしまった。当時は「鼻ったらし」が多く学校の先生が手を焼いていたのだろうか。

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