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2011年9月13日 (火)

伊藤礼 「伊藤整氏奮闘の生涯」 講談社

著者の数冊の自転車エッセーを読んで、自転車のことを含めたくさん参考になることを教えていただいたのと、その飄々たる文章に大いに楽しませていただいたので、図書館で借りられる本の中から、彼の父親である文学者について書かれたように思えるこの一冊を借りて読んだのだった。

中身のほとんどが父の死から15年以上経ったあと書かれた文章で、40年近く生活を共にした父の思い出を、父の書き残した文学作品やメモに出てくる家族の姿や往来のあった関係者との交友の記録で補強しながら書き綴っている。文筆家の家に生まれると写真以外にも生活の記録が残りやすいのでいいなあと感じた。商売柄収入が不安定ではあったようだが、伊藤整氏の奮闘により家族は結構恵まれた生活をできたようでもある。多くの人々が食うや食わずで暮らしていた時代も、生活にさほど逼迫した様子は見られなかった。

筆者が最近発表してきた自転車エッセーのベースとなる文体で、飄々淡々と父親と自分、父親が整えた生活で自分が経験したこと、がいきいきと描かれていた。

ここ10年は自転車に乗って大活躍しておられる著者であるが、子供時代は病弱だったことも分かった。中年の頃も大病を患っておられるから、近年の自転車での活躍は彼にとって劇的大成功と言えるようだ。

それはともかく、この本の最後の一章は伊藤整氏が倒れてから死に至る半年と今際の際の描写に当てられていて、この文章が書かれたのが伊藤整氏死後一年くらいで発表されたものであることもあり、迫真の描写となっている。伊藤整氏の生へのあくなき執着、「死んでたまるか」という強い意志が凄い。今から見るとまだまだ若い年齢での往生は、死の当日でも一瞬意識が戻ったと書いてあるから、生きようとする意志が死により無理やり終わらされてしまったように見える。この章は壮絶な「看取り」の文学だと思った。

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