音楽

2014年7月24日 (木)

2014/07/23 鼓笛隊

昨日ハスを観に不忍池に走った帰り道、木場公園で鼓笛隊の練習に遭遇。

今はマーチングバンドと言うのかな。

何とも心のうきうきする遭遇でした。

別の「感想ブログ」にもう少し書いてありますので宜しかったらどうぞ。

P7233140
(E-P3 + 40-150mm)

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2012年7月 3日 (火)

「CDでとてもとても得をしたお話」

数カ月前から立ち上げているAmeba blogに新しい記事を掲載しました。
音楽CDに纏わる話です。
http://ameblo.jp/takacci48/entry-11293541919.html

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2011年9月28日 (水)

ノリントンの「幻想」に感激

神保町に用があったついでに中古CD屋を覗いた。ベートーベン、モーツアルトの交響曲のCDですっかりファンになったロジャー・ノリントンが指揮するマーラーのCDが出回っていないかを見るためである。ノリントンはご無沙汰気味になっていた私の音楽鑑賞の趣味を再び活気づけてくれた。もともと大好きだったベートーベンの交響曲では予想もしなかった新しい魅力を聴かせてくれ、モーツアルトではこれまで退屈だと思っていた交響曲が、こんなに傑作が揃っているのか、と驚かせてくれたのである。そこで、彼がマーラーをどう演奏しているのかがとても気になって、何回も足を運んでいたのである。

残念ながら彼のマーラーのCDは一枚も見つからなかった。新品を探しに行くしかなさそうだ。

そこでモーツアルトに目を転じ、25番や29番の入っているCDを探したがこれもなかった。しかしベルリオーズの幻想交響曲のCDがあった。この曲は「ああ、あの曲ね」というように思う聴き古したつもりの曲なのである。これしか見つからなかったので、700円ならハズレでもいいや、と買って帰った。

家で聴いてびっくり。聴き始め当初はノンビブラート奏法の弦にちょっと違和感を覚えたものの、あっという間に演奏に引きずり込まれた。普通なら眠くなる第三楽章、うるさくて飽きてしまう終楽章は逆に感激の楽章となった。こんなに最初から最後までずっと演奏に引き付けられ続けたのは、生まれて初めてかもしれない。長大な曲なのに終楽章の終わりの方では、「もっと聴いていたいから終わらないでくれないか」と願った。

以下は私が感激した点の箇条書き。

これまで飽きるほど聴いてきたこの曲から、これまで聞こえなかった沢山の構成音が次々と聞こえてきた。

ゆっくり目のテンポの取り方が曲の魅力を最大限に引き出している。

フレーズの受け渡しが見事で、聴いていて快適。

ベルリオーズのオーケストレーションは天才的だ、と分からせてくれた。

ティンパニー、ハープを舞台の左右に配置し、大きな音響効果をあげている。

幻想交響曲は傑作だ、と分からせてくれた。

録音が鮮烈で、私の安いオーディオ装置でも臨場感がびしびし伝わってきた。

一瞬たりとも「退屈だ」と感じさせられなかった。

以上。 ほかに思いついたらまた付け足します。

鑑賞中一番静寂な部分で隣の部屋から「徹子の部屋」のテーマが流れてくるなど、必ずしも恵まれた環境で聴けたわけではないが、とにかくも最後まで聴き通して本当に良かった。非常に劇的な演奏なので、何回も繰り返し聴くようなことはできないが、次回は家族の留守の時にでも集中して聴くことにする。

許される限り、或いは自分が快適と感じる限りで、最大限のボリュームにして鑑賞することをお勧めする。

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2011年4月30日 (土)

ロジャー・ノリントンのベートーベン

20年くらい使ってきたオーディオチューナーが駄目になり、最近新しいチューナーを買った。
私のこれまでの経験ではFMの音質ってCDに遥かに及ばないものと思ってきたのだが、新しいチューナーで聴くNHK FMのクラシック番組を聴いてびっくりした。そりゃー確かに未だCDの音質には及ばないものの、私程度の聴き手であれば十分音楽に浸れるくらいいい音がしている。人生の楽しみが確実にひとつ増えたように感じられた。早く性能が劣化したチューナーに見切りを付けて買い換えれば良かったのだ、と悔やまれる。

そんなわけで最近はウェブや新聞でFMの番組表を必ずチェックするようになり、カメラ一辺倒だった私の遊びの世界がかなり音楽の世界にも広がってきている。毎朝放送されるNHKの「クラシック倶楽部」の録画で素晴らしい演奏家の存在を知るようになって以来、元々好きだった音楽の世界に戻りつつあったのだが、より一層人生が楽しくなってきた。

前置きが長くなったが、そんなこんなで一昨日何気なくFMを付けたら、ロジャー・ノリントン指揮によるN響の定期演奏会を実況生中継していた。聴いた曲はベートーベンの交響曲第二番の途中から。途中からだったのにすぐさま演奏に引き込まれた。今までに聞いたことのないベートーベンで、当初は多少の違和感もあったのだが、いや、これこそ本来のベートーベンの姿なのではないか、と思いながらどんどん演奏に浸って行ったのである。従来聴いてきたベートーベンの交響曲の演奏に比べテンポが全く違う楽章があったし、小太鼓のように響くティンパニーの強打や、ある意味で無節操に吹き鳴らされるトランペットに驚きつつも、こういう粗野なところ、諧謔性、革新性がベートーベン本来の魅力ではなかったのか、と強く共感することができた。もちろん深い精神性も彼の音楽の特徴ではあるが、楽しさという大事なポイントを忘れてはならないのだ。
最後に放送されたのは同じ作曲家のピアノ協奏曲第五番「皇帝」だった。これまで私はこの曲が好きではなかった。ピアノの強打に次ぐ強打、オーケストラの強音に次ぐ強音に辟易してしまうからだった。しかし今回の演奏は結構楽しめたので、聴いて得をした気持ちになった。ピアニスト(名前は覚えなかった)は割と普通の解釈で弾いていたのだが、指揮者が全体の演奏がつまらなくなることから救ってくれたのだと思う。

昨日は早速同じ指揮者のCDを買ってきた。2002年のヨーロッパ音楽祭での実況録音によるベートーベンの交響曲1、2番と3、4番の二枚。この二枚しか見つからなかったからである。全曲がセットになっているのが存在し、そちらのほうが欲しかったのだが、GWのため2週間ほど入荷しない、と聞き、この二枚を買うことにした。

聴いてみた感想は「とても良い」の一言に尽きる。作曲者がこの演奏を聞いたらさぞや喜ぶのではないか。私が生きているうちにこのようなベートーベンが聴けたことに強く感謝しつつ、この駄文を終わらせることとする。

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2011年4月15日 (金)

インチョン市立合唱団に感激

昨朝放映されたクラシック倶楽部でインチョン市立合唱団の歌を聴く。
昔の朝鮮の庶民の服装で踊りながら歌う労働歌や民謡が素晴らしかった。
強く心を揺さぶられ、感激のあまり不覚にも涙を流してしまった。
民族衣装の踊りにも大いに楽しませていただいた。
民族の誇り、というものを感じたのだが、これを見聞きした方の感想もぜひ聞いてみたい。

日本の古謡や武満徹の作品も見事だった。日本の誰がこういう曲を聞かせてくれるのか、とか
滅多にこういう曲を聴く機会がないよなあ、とか思いながら、演目に取り入れていただいて
ありがたいことだと感謝した。

前半のキリスト教の宗教曲は、合唱コンクール優勝校の歌う課題曲のようで退屈したのだが、
それを聴いている時にこのような大感激が控えていようとは夢にも思わなかったのである。

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2011年3月10日 (木)

音楽と音楽家

岩波文庫 吉田秀和訳

ロベルト・シューマンが音楽批評誌に書き残した同時代の音楽界に対する評論集だった。

ベートーベンがこの世を去ったあとの西欧音楽界の空白を嘆きつつ、これまたほぼ同じ頃早世したシューベルトを称えるとともに、シューベルトの兄を訪ねて、埋もれていたハ長調交響曲の楽譜を見出し世に紹介したエピソードなども書かれている。演奏することがなくなりつつあったバッハを再評価し、重要な古典としての地位を回復させようとする姿勢も幾度となく文章に表されている。

自分と同時代人であるショパンへの賛辞をはじめ、リスト、メンデルスゾーンの活躍への暖かい支持が読み取れる。当時世の名声を得るに至っていなかったベルリオーズを高く評価して好意的に紹介している文章も印象的だった。ショパンやリストの演奏を聴いて感激したことを記した文章を読んでいると、当時の音楽家の熱い情熱と息遣いがリアルに感じられてわくわくしてきた。

こういう音楽批評から10年ほど遠ざかっていたらしいが、ブラームスの出現を見ていてもたっても居られず書いた熱烈な賛辞の文章でこの本は終わっている。

恐らくシューマンの残したドイツ語の文章に癖があったのだと思うが、文章が直訳調で少し読みにくかった。

この頃の音楽を好んで聴いたり携わったりする人にはお勧めの一冊だと思う。

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2011年2月12日 (土)

イョラン・セルシェル ギターリサイタル

2月9日(水)にNHK BShiで放送されたイョラン・セルシェルの12弦ギターによる演奏を録画で楽しんだ。

演奏されたのはバッハの組曲第一番、第二番、シャコンヌと、アンコールのスウェーデン民謡、ビートルズのHere, there and everywhere。

好きなバッハをギターで聴けるというので楽しみにしていたのだが、残念ながらピンと来なかった。聴き始めてまず気になったのが音量の小ささ。さっそくテレビのボリュームを上げて聞こえるようにしたものの、平素そんなにボリュームを上げてテレビを見ることのないレベルまで大きくしないとよく聞こえなかった。会場が東京文化会館の小ホールでは大き過ぎたのか。あるいはNHKの放送時の調整が拙かったのか。

ボリュームを上げて聴いていながらも、速いパッセージが聞き取りにくかった。数十人規模の小さなホールか室内で聴くのが適当なのかもしれないが、それにしても聞き取りにくい。

演奏は淡々となされ、私には抑揚が足りないように思われた。万人向きの奏者ではないのではないか。

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2011年2月11日 (金)

エレーヌ・グリモー ピアノリサイタル

2月4日にBShiの「クラシック倶楽部」で放送されたエレーヌ・グリモーのピアノ演奏がとても良かったので、録画を繰り返し見て聴いて楽しんでいる。放送されたのは今年一月にサントリーホールで開かれたコンサートからの録画で、ベルクのピアノソナタ作品1、リストのピアノソナタ、バルトークのルーマニア民俗舞曲からの抜粋が放送された。

ベルクはこれまで何回かオーケストラ曲を聴いたことがあるのだが、いずれの機会でも良さが理解できずにいた。今回グリモーの演奏を聴いて、初めていい音楽だな、と感じることができた。彼女の奏でる演奏はとても音楽的で、特に音色が磨き抜かれている点が優れていると思った。こういう演奏でこれまで良さの分からなかった音楽を楽しんで聴けたことは、今まで自分が知ることの出来なかった素晴らしい世界の扉を開いてもらったように感じられ、大変ありがたかった。思えば、学生時代に合唱団でバッハの宗教曲を歌って宗教曲の世界への扉が開かれ、ドビュッシーの「沈める寺」を聴いてそれまで理解することの出来なかったドビュッシーやラベルの世界の良さを分かるようになった、そういうことに匹敵するような体験をさせてもらったような気がする。自分が素晴らしいと思える世界が開かれ広がっていくのは愉快なものである。

リストのソナタの前にはグリモーがリスト観を語るインタビューが挿入された。リストの魔的な魅力、革新性が語られた。曰く、リストに楽しさはない、と。これは実家にあったSPレコードのハンガリー狂詩曲を聴いて熱中し、クラシック音楽を好きになった私には実に意外な発言だった。ハンガリー狂詩曲は文句なく楽しい音楽だったのに。彼女の発言はリストのピアノソナタのことを言っただけのものだったのかもしれない。しかしこのインタビューを聞いて、平素流れてくるリストの曲を聴いてピンと来るものがなかった私はちょっと救われるような気もした。これは彼女の演奏したリストのソナタを聴いたあとでも同じである。演奏は美しく極めて音楽的であったけれども、その曲の良さが100%理解できたとは思えなかったからである。それでも彼女の演奏のお陰でリストを楽しむことはできた。ありがたい。これをきっかけに更にリストが分かるようになるため、また録画を聴き返してみようと思う。現実の音楽は即時的なもので一度奏でられたら消えてしまうものである。これを文明の利器を駆使して繰り返し聴くというのは本来望ましいことなのか、ということを考えないでもないが、繰り返し聴いて未知の美の世界が目前に開かれるのであれば、これは喜ばしいことではないだろうか。

バルトークの曲は軽い楽しい曲だった。演奏が素晴らしかったのは言うまでもない。これがバルトークの「重い」曲を楽しめるようになるための一助になってくれたらありがたいと思う。オーケストラのための協奏曲や弦、打楽器、チェレスタのための音楽はとてつもなく素晴らしい音楽だと思いながらも、名曲だといわれるピアノ協奏曲やバイオリン協奏曲を聴いても理解できない私だが、彼女の演奏が未知の喜びの世界への導きになってくれたらいいな、と願うばかりである。

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2011年2月 6日 (日)

クラシック倶楽部

会社に勤めていた頃、定年退職したらどこぞのオーケストラの定期会員になって、月に一度くらいはコンサートを聴きに行けたらいいな、と思っていた。しかしながら、早期退職した身である現在の私にとって演奏会を聞きに行くのに掛かる費用は結構高く思われる。入場料は6000~7000円が相場なのではないだろうか。少し高めだと軽く10,000円を越える。一月間毎日牛丼を一杯ずつ食べられる金額である。非正規雇用が進んで給与収入が減る中、世の中はデフレ傾向にあるように思えるのだが、演奏会の入場料は年々徐々に上がってきたのではないだろうか。

このような世の中で、演奏会を茶の間に送り届けてくれる、NHK BSの「クラシック倶楽部」というありがたい番組があることに気付いた。そこで平日は毎日55分の放送を録画し、家族が勤めに出た後の静寂の中でじっくり鑑賞する日々がここのところ続いている。演奏会の実況録画を毎日のように流してくれるのである。テレビから流れてくる音の質は「生」と比較にならないほど貧弱ではあるものの、美しいデジタル放送の画質で臨場感を楽しんでいる。今や縁遠くなってしまった感のある世界を垣間見られるので、重ね重ね大変ありがたい。

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2011年1月25日 (火)

1/25 波多野睦美メゾソプラノリサイタル

今BS2にチャンネルを合わせたら標記番組を流していた。途中からの視聴となり残念だったが、なにげない日常に思いがけず音楽会が飛び込んで来てくれてありがたかった。滅多に音楽を聴きに出かけなくなったのでありがたさはなおさらだった。この時間帯なら家族が立てる生活雑音に鑑賞を妨げられることもない。

聞いていると、演奏しているのは歌うのが難しそうな曲が多かった。私が聞いたことのない曲ばかり。そんな中、よく聴くシャンソン風の曲が演奏され、あとで調べたらサティーの「あなたが欲しい」と分かった。この曲の演奏を聴いていて思ったこと。この曲を美空ひばりが歌ったらどんな出来になったろうか、と。

私はクラシック音楽が好きだし美空ひばりの大ファンだということもない。それでも美空ひばりの歌のうまさにはいつも舌を巻かされている。音程がいいのは勿論だが、歌い回しがなんとも磨き抜かれている。歌の勘所を余すことなく伝えてくれる。

思い出すのは生前彼女が出演した黛敏郎司会による「題名のない音楽会」。彼女はカルメンの中のハバネラを見事に歌い切った。勿論クラシックではなく彼女の歌い方で。あの番組ならではの「実験」が彼女の実力を改めて世間に見せつけた感があった。少なくともその時、彼女は「聴かせられる」「歌える」歌手であることが分かった。

こんなことを思ったのは先ほど聴いた演奏が「曲に乗れていないな」と感じたからである。それまでに演奏された曲が難しく聞こえたのも、同じような理由で楽しく聴けなかったからなのかもしれないと思った。この思いは最後に歌われた日本語の歌でも感じたことだ。

NHKが採りあげるのだから多分波多野さんは一流の歌手なのだろう。2009年の録画だというこのリサイタルで調子が悪かったのかもしれない。演奏会場で聴けば感激したのかもしれない。

思えば、私は公園で練習している子供の鼓笛隊の音に鳥肌が立つほど感動し、定評の高い演奏家のコンサートを聴いては何の感動もなく失望する、など、どこか「おかしい」感性を持っている人間なのかもしれない。でも、私は音楽が好きだし、これからも私の感性に従って感動を求め続けたいと思う者である。

ちょっと長くなったが、こんなことを考えた番組であった。

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